大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)965号 判決 1961年11月17日

原告 川上ハガネ株式会社

右代表者代表取締役 川上政義

右訴訟代理人弁護士 江村重蔵

被告 大和造船株式会社

右代表者代表取締役 塩見勉

右訴訟代理人弁護士 中村健太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年二月六日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

原告は昭和三三年一一月二七日訴外富士金属株式会社より同年一〇月三日被告振出にかかる金額六〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三四年二月五日、支払地布施市、振出地大阪市、支払場所株式会社河内銀行本店営業部、受取人東亜鋼材株式会社にしてその無記名式裏書ある約束手形一通の譲渡を受けさらに同日これを訴外中央商事株式会社に対して裏書譲渡したところ、同会社において前記支払期日の翌日これを前記支払場所に呈示して手形金の支払を求めたが支払を拒絶されたので同会社の遡求により原告がこれを受戻した。よつて原告は被告に対し右手形金の支払を求めたが被告はこれに応じないで、右手形金及びこれに対する昭和三四年二月六日から支払済に至る迄手形法所定年六分の割合による法定利息金の支払を求めるため本訴に及んだ次第である。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告の請求原因事実中被告が本件約束手形を振出したとの点は否認し、その余の点は不知である。

本件約束手形は当時被告会社の取締役をしていた訴外藤原清が訴外立山道雄に融通手形の貸与を懇願され何等手形振出等の権限を与えられていないにも拘らず擅に被告会社の記名印、会社印並びに代表取締役印を盗用作成して振出したものであつて同人の偽造にかかるものであるから被告は何等これについて責任を負わないものである。

証拠として≪省略≫、

理由

被告が本件約束手形を振出したかどうかを按ずるに甲第一号証本件約束手形中の被告会社記名印、会社印、代表取締役名下印はいずれも被告会社またはその代表取締役のしかも代表者のものは正規の手形に使用される印章によるものなることは被告の認めるところである。そこで民事訴訟法第三二六条により甲第一号証は真正なるものと推定せられるが、同条による推定は一応の拘束としての法定証拠法則にすぎず、文書の真正を疑わしめる事情が認められたならば、積極的に不真正との心証を得なくとも、なお真正の証明は成立たぬものとせられている。

而して検乙第一、二号証ならびに証人堀幸平、同藤原清の証言によれば、本件約束手形振出当時訴外藤原は被告会社取締役として経理事務等にたづさわつていたが、当時被告会社では一般取引用(検乙二)と銀行取引用(検乙一)の二種の代表取締役印を使用して手形署名等にはその内銀行取引用の印章を使用することになつており、同印は被告会社代表取締役の権限を代行していた相談役訴外堀幸平が保管し、手形振出等の際にはその都度訴外藤原において同人のところに赴きその決裁を経て代表取締役印の押捺を受けまたは右訴外人に従属した何等裁量権のない機関として事実上自ら訴外人に代り押印していたのであつて訴外藤原には被告会社を代表または代理して手形を振出す権限は全くなかつたこと、本件約束手形振出に際しては、その頃訴外藤原は被告会社と取引関係のあつた訴外東亜鋼材株式会社代表取締役立山道雄から融通手形の貸与を、決して迷惑はかけないからというて懇願され断り切れず、さりとてかかる正規外の手形の発行は到底訴外堀の容れるところとならないことは明かであつたので、同人には無断で被告会社の手形用紙を使用して本件約束手形を作成しその振出人欄に同社事務所に保管中の被告会社記名印並に会社印を押捺した後訴外堀のところに赴き他の数枚の正規の手形につき右堀に関係書類との対照により振出の決済を求め、決裁を経たものにつき代表取締役印捺印の代行をなした際決裁を経ていない本件手形にも勝手に右捺印をなして本行約束手形を完成し、これを前記立山に交付したことが認められ、右各認定事実によると本件約束手形特にその代表取締役名下印は前記堀の意思に基かずに捺印されたもの即ち振出人の記名捺印は無権限に顕出されたものであることが認められ甲第一号証中振出部分の成立についての前記推定を維持することはできない。而して手形のような設権証券においてはその証券の当該部分の真正に成立した場合に始めてその部分の権利が発生するものであるから結局甲第一号証約束手形を被告が出した事実が、同号証振出部分の記載が真正に成立したものと認められないことにより確認できない限り被告は本件約束手形につき責任を負わないこととなり、他の争点につき判断をまつ迄もなく原告の請求は理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例